三重ブログ

今も残る三重海軍航空隊の足跡 モールス信号暗記法と歴史資料館

予科練航空隊、三重海軍航空隊

1941年に開戦し、1945年に終戦した太平洋戦争では、多くの若者が兵士として戦争へ向かいました。

戦地に赴くためには訓練が必要。
1942年、予科練(海軍飛行予科練習生)という訓練システムのために組織された三重海軍航空隊もまた、多くの志願する若者を受け入れ、訓練を行いました。
終戦により組織が解散するまで、合計約65000人が入隊、所属していたといいます。

三重海軍航空隊の「三重式」モールス信号暗記法

三重海軍航空隊は教育訓練部隊であるため、実際の航空機は配属されず、通信・偵察・照準などの教育が主に行われました。
通信分野では、言葉を当てはめて覚えるモールス信号の覚え方がわかりやすく覚えやすいと有名になり、終戦後、そして現代まで「三重式」モールス信号暗記法として伝えられています。

ちなみにモールス信号では、ひらがなの「は」は「-・・・」と表します。
これを従来は「ツー・ト・ト・ト」という「ツ」と「ト」の組み合わせで覚えていたのですが、三重海軍航空隊では「ハーモニカ」と教えました。
この「ハーモニカ」は「ツー・ト・ト・ト」と同じ発音なので、「は」は「ハーモニカ」、と覚えていれば迷わず信号を送ることができます。

このように各文字のモールス信号を、その文字から始まる単語と紐付けて覚えるというのがオリジナルの学習法だったようです。

津市には歴史資料館も

終戦後、かつて三重海軍航空隊に所属していた人々や関係者たちの手により「若桜会館」という歴史資料館が作られました。
その後、平成10年に津市香良洲町に寄贈され、現在は香良洲歴史資料館という名前となった施設で当時の貴重な資料を見学することができます。

玄関には当時使われていた隊門がそのまま使用されており、そこを潜った先には、戦後海から引き上げられた航空機の部品や航空隊の点鐘台がそのままの姿で展示されています。
また、資料館の中には終戦当時の航空写真や亡くなった方の遺品の展示もあり、当時の状況や様子をよりリアルなものとして感じることができます。

参考:三重県 三重海軍航空隊 その1

モールス信号の暗記法や、歴史資料館…現在まで伝えられてきたこうした貴重な足跡が、今の大切さを教えてくれますね。