三重ブログ

斎宮跡から出土!日本最古のひらがな「いろは歌」墨書土器に王朝ロマンへの思いをはせる

三重県といえば「伊勢神宮」。その伊勢神宮から15キロほど離れた明和郡多気町に「斎宮跡」があります。斎宮は、伊勢神宮における祭祀を行うため、代々の天皇ごとに皇室から派遣されていた斎王(いつきのひめみこ)の御所であり、斎王に使える官人の役所(斎宮寮)でした。

「幻の宮」ともいわれていた斎宮跡。1970年の宅地造成における事前発掘調査の結果、複数の土器が出土されたことで発見されました。何度も調査をくり返し、2010年の第171次調査では、ひらがなでいろは歌が書かれた日本最古の墨書土器が見つかっています。

今回は、斎宮跡や斎宮歴史博物館などにもスポットをあてながらご紹介していきます。

 

斎王に使える女官が手習いで書いた?墨書土器の「いろは歌」

日本最古と判明した墨書土器。書かれているのは土師器(はじき)の皿です。内側に「ぬるをわか」、外側に「つねなら」と繊細な筆跡で書かれています。出土した場所が、斎王が居住する内院と思しき一角だったこともあり、女官が文字の練習に書いたのでは?と考えられています。

いろは歌が書かれた土器片は国内でいくつか発見されていますが、斎宮跡で発見されたものは11世紀末から12世紀前半頃、平安時代後期あたりとされています。いろは歌の一恥部ではあるものの、年代としては国内最古となります。

 

「いろは歌」とは?

いろは歌の全文は、

「いろ(色)はにほ(匂)へと ち(散)りぬるを
わ(我)かよ(世)たれ(誰)そつね(常)ならむ
うゐ(有為)のおくやま(奥山)けふ(今日)こ(越)えて
あさ(浅)きゆめみ(夢見)し ゑ(酔)ひもせす」。

小さいころに聞いた方も多いかもしれませんね。ひらがな47文字すべてを重複せず、かつ七五調の歌です。

作者には諸説あるものの、10世紀後半~11世紀ころに作られたといわれています。習字・ひらがなの手習いでよく使われていました。平安時代後期にも、同じように手習いで使われていたのでしょうか。

 

斎宮歴史博物館はどんなところ?

ひらがなで書かれたいろは歌の墨書土器が保存されているのは斎宮歴史博物館です。1989年に開館した三重県立の博物館でもあります。開館の発端は、先述した1970年の斎宮遺跡発見にさかのぼります。

国内でも大変貴重な遺跡だとのことで1979年に史跡指定され、発掘調査を経たのちに斎宮跡に建てられました。多気郡明和町にある斎宮歴史博物館には、古き歴史を今につなぐさまざまな資料が保存されています。

また斎王の存在ついては、「伊勢物語」や「大和物語」をはじめ、数々の古典文学でもその様子を垣間見ることができます。都の生活から離れた土地で、つつましいながらも雅で神聖な存在だった斎王が過ごした斎宮跡。一度訪れてみてはいかがですか?