三重ブログ

井村屋は「作れそう」から始まった。

冬はあったか~い肉まん・あんまん、夏はあずきバー。
防災食品の中にはえいようかん。

今やだれもが知ってる人気商品のこれらは、全部「井村屋グループ株式会社」で作られています。
実はその本部はわれらが三重県津市にあるのってご存知でしたか?

 

根拠のない自信からようかんは作られた

井村屋グループ株式会社(以下:井村屋)は明治29年に設立された大変歴史ある会社です。
創業者の井村和蔵氏は、まったく経験もない和菓子製造に興味を持ち、「作れそうな気がする」という理由だけで商品をようかんに決めてしまったそうです。わずか1円50銭(今でだいたい3万円くらいの価値)の元手で始めた商売は大成功。手作りにこだわり、おいしい「あん」を使った商品はすぐさま大人気となりました。
昭和8年ごろ引き継いだ長男・井村二郎氏は、井村屋の経営理念の特色に「不易流行」を掲げています。これは三重の有名な俳諧師・松尾芭蕉の言葉で「変えるべきところはどんどん変えて、変えてはいけないことは頑なに守る」という意味があります。きっと親子そろって柔軟で、独創的な考えをお持ちだったのでしょうね。

 

井村屋のロングセラー商品たち

えいようかん

作れそうから始まったようかんが、今や長期保存できるようかんにまでなってしまったのですから、すごいですね。えいようかんの最大の特徴は、5年6か月もの長期保存が可能な点です。他にも点字でも「ようかん」と記し、誰でも手に取れるように配慮したり、災害用伝言ダイヤル171の利用方法を記載するなど災害用に特化したユニークな商品です。

肉まん・あんまん

コンビニや冷凍食品コーナーで当たり前のように売られてる肉まんとあんまん。1964年当時、井村屋以外の商品は「中華まん」と一括りにされていました。
その時はあんまんと言えばこしあんに油を混ぜたものが主流でしたが、井村屋では粒あんを採用。肉まんも辛子しょうゆをつけて食べるのが一般的でしたが、具に最初から味付けして包んだものを販売しました。こうして「中華まん」の枠から外れ、井村屋の「肉まん・あんまん」として確立されていったのですね。

あずきバー

今や国内の90%以上のスーパーで取り扱われるあずきバーは、1970年代発売されました。当時アイスと言えば10円だったのに対しあずきバーは30円とちょっと高価。大人向け贅沢アイスとして人気でした。ですが、この頃からアイスのパック売りや冷凍庫の普及が始まり、徐々にみんなの人気者に。さらには1993年に添加物・着色料・香料・安定剤を一切使用しない規格に改良。より安心して食べられるアイスへと定着していきました。2013年にはあずきバーは井村屋商品として特許も認定されました。さらに7月1日は「井村屋あずきバーの日」として日本記念日協会に認定され、名実ともに国民的アイスとなったんですね。

 

まとめ

戦後の苦しい時代にも「闇商売は絶対しない。経理をオープンにする」と公表し、今日まで成長し続けてきた、三重の誇れるクリーンな会社「井村屋グループ株式会社」。

今や中国・アメリカにも拠点を置く井村屋から、ますます目が離せませんね。