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人と仕事Vol. 3 目指すは、ブドウ生産者のためのワイナリー
「人と仕事」は、どんな人が、どんな経緯で、どんな仕事に、どんな思いで取り組んでいるのかをお聞きするシリーズです。第3回目は、名張市で廃校となった小学校校舎を利用したワイナリー運営している醸造家がいると聞き、どんなワイン造りが行われているのか知りたくて、新酒を仕込む忙しい時期にもかかわらずお邪魔しました。
廃校校舎を利用したワイナリー・國津果實酒醸造所(名張市)
お訪ねたワイナリーは名張市市内から車で20分ばかりの山深い村落にある「(株)國津果實酒醸造所」です。三重県下ではワイナリーは珍しく、他に一軒あるだけ(令和2年4月現在・国税庁調べ)。さらに同醸造所は、旧国津小学校校舎を改修整備した変わり種です。名張商工会議所などが地方創生拠点整備交付金を活用して開設、2018年8月から醸造を始めた新しいワイナリーです。
学生時代、ワインは気取った飲み物に思え、好きではなかった
(株)國津果實酒醸造所・醸造責任者 中子具紀(なかこ とものり)さん。
中子具紀さん(39歳)は、(株)國津果實酒醸造所の専務取役であり、醸造責任者。地元の高校に通い、京都の大学へ進学して大阪の会社に就職しました。ここまでは、名張では良くある普通の社会人への歩みです。学生時代「ワインは気取った飲み物に思えて好きではなかった」そうです。その中子さんがどうしてワインにドップリと浸かるようになったのでしょうか。
「大学卒業後は大阪のワイン販売会社に就職しました。母がスペイン人で、スペイン語が使える仕事したいと、それだけで選んだ」そうです。「当時はワインブームで、あまりにも忙い毎日。そこから逃れたいと思っていた矢先、フランスのローヌで野生酵母100%でワインを造っている大岡弘武さんがスタッフ募集しているのが目に留まり、一年間の契約で渡仏しました」とワイン造りとの意外な出会いを話してくれました。契約終了後は、お母さんの故郷でワインを作ってみたいとスペイン・リオハでワインを生産するフランス人のオリヴィエ・リヴィエールさんに師事します。「師匠と暮らしを共にし、一日中ワイン造りについて語り合った」と言います。
いつの間にか、自分のワインを無性に造りたくなっていた
フランスとスペインで、自分の畑で栽培したブドウから野生酵母でワインを造る醸造家二人と共に働いた経験が、「畑を大事にして、野生酵母で気取らないワインを目指す」中子さんのワイン造の基本姿勢を形作っていたのでしょう。
「帰国後、自分の畑で育てたブドウで、自分流のワインを醸造させてくれるワイナリーを探して日本各地を巡りました。雇って貰うのに結構偉そうな条件をつけたもので、当然、なかなか見つかりませんでしたね」と苦笑する中子さん。そんな中で、琵琶湖ワイナリー(現・栗東ワイナリー)が採用してくれました。同ワイナリーの経営元である太田酒造株式会社(滋賀県草津市) の太田清一郎社長は「やってみなはれ」気質の豪胆な方で、まだ野生酵母でのワイン醸造に懐疑的な人が多かった当時、野生酵母による醸造にチャレンジすることを許してくれたばかりか、ナチュラルポップライフと言う私のブランド名で販売することも許してもらえて、ともありがたかった。今も感謝しています」とプライベートブランド誕生について話してくれました。
また、大岡さんも、オリヴィエさんも、国内外に多くのファンを持つ醸造家です。彼らのファンの酒販店が、中子さんのファンとなってくれたので当初から販売ルートも得られ、独自のワイン造りに自信を持って取り組めたといいます。
商工会議所のプロジェクトに参加、地元にUターン
琵琶湖ワイナリー勤めた3年の間に故郷の名張市にブドウ畑「ナチュラルポップライフ」を開きました。ところが鹿を初めとした害獣によりる食害が多発。畑を守るために退職します。
そうして守った大切なブドウは、大阪の街の真っ只中にあるワイナリー「島之内フジマル醸造所」に持ち込んで醸造させてもらったそうです。その頃、名張商工会議所が推進していた、地方創生拠点整備交付金を活用する「名張ワインプロジェクト」で立ち上げた國津果實酒醸造所に醸造責任者として招かれたのです。
WINE = FRUIT(ワインの味は、畑でどれだけ汗をかいたかで決まる)
名張市北部の日当たりの良い山中にある中子さんの畑では、ビジュノアール(赤)、アルモノアール(赤)、ヤマソービニオン(赤)、モンドブリエ(白)、ソービニオンブラン(白)の5種類が栽培されています。ソービニオンブラン以外は国産種とヨーロッパ種とのハイブリッド種です。全収穫量は300kg-400Kg。「1品種でワインを造るのにはブドウの量が足らないため、5品種の全てを同時に醸造してみたところ、とても出来の良いワインになりました。毎年収穫量は異なるので品種ごとの配分が異なり、当然味も変化します。そのためラベルも毎年変える」のだそうです。
「皮ごと絞ったブドウジュースを放っておくと、ブドウの表面についている野生の酵母の働きで、自然に発酵が始まリます。例えば、白ワインの場合は、ブドウを潰してジュースにして、不純物を沈殿させたあと、上澄を14度のセラーで二週間発酵させる。その後、オリ引き(おりを取り除いて)して、樽かタンクで1から2年貯蔵した後、瓶詰め出荷します。ワインの醸造は実は簡単なんです。ワインの出来の8割はブドウで決まるのです」。
「WineはFruit」だと言い切る中子さん。そのためワイン造りにおいて、ブドウ生産者のワインに対する考えを何よりも大切にするそうです。普通、ワイナリーは、自社の特色を全面に押し出しますが、國津果實酒醸造所の場合は少し違います。例え購入したものでも、ブドウは栽培農家からの預かり物と考え、生産者が思い描くワインを造るよう心がけているとのことです。
「醸造家は、看護師のようなもの。ワインが健康を害しないように気をつけるながら、できるだけ邪魔しないで、ワインの成長を見守る」というのが中子さんの考えです。
初出荷は、気取らず楽しめるワイン
2019年に國津果實酒醸造所の最初の造ったワインは「Edamatsu et Furuichi」という名前で出荷されました。「枝松さんと古市さん」という意味で、山形県のブドウ農家のお名前です。中子さんはこのワインを醸造するにあたって、まず、生産者に、どんなワインにしたいのかをインタビューすることから始めたそうです。返ってきたた答えは、「ビールみたいなワイン」でした。気取らず、誰もがワイワイと楽しみながら飲めるワインを目指して、白のスパークリングワインを醸造することになりました。9月にデラウェアを預かり、翌年1月にフルーティーで軽やかな味わいのプリムール(新酒)として出荷されました。
名張はブドウ狩りで有名ですから地元のブドウを利用していると思っていましたが、國津果實酒醸造所でワインの醸造に使用しているブドウの9割が山形県産だそうです。
「名張産のブドウは生食用として良質で、高価で取引されています。また、ワイン醸造用のブドウは生食用とは異なります。例えば、ワイン用のデラウェアには種があります。種の周りにある酸味が、嫌な匂いの発生を抑え、香り高いワインの醸造に必要」なのだそうです。山形県は日本代第3位のブドウ生産地であり、ワイン造りにも長い歴史があるため、ワイン用のブドウが安価に手に入るからなのです。
誰でもワイン造りが楽しめるワイナリー
ワインの愛好家なら一度は自分手でのワインを造ってみたいと思ったことがあるのではないでしょうか。しかしワイン造りには醸造免許が必要で、取得のためには、醸造技術のほか、最低生産量も決められており販売ルートの確保なども必要です。また、販売するためには酒販免許も必要で、お酒作りは、そう簡単に手を出せるものではありません。
中子さんのイメージするワイナリーは、誰もが自分のワイン造りを楽しめる場を提供することです。ブドウを預けて醸造してもらう委託醸造のほか、國津果實酒醸造所では、ブドウを持ち込んで、醸造免許を持つ中子さんの監督下で、誰でも自分のワインを造れるのだから素敵ですね。
「100kgのブドウがあれば、750mml瓶で大体90本のワインを造ることができる」とのこと。手作りワインなら様々な人生のシーンで思い出深いプレゼントになることでしょう。中子さんは、二人で仕込んだワインを自分たちの結婚式で振る舞って大変好評だったそうです。
「本当は、ブドウも自分で栽培してほしいのです。ワインの出来は畑で流した汗の結果ですからね。ブドウ生産者のためのワイナリーにしたい」と言う中子さん。「フランスで見てきた農家が造るガレージワインのように、ブドウ生産者の数だけワイナリーがあれば良いなと思います。そして周囲には、仲間となる醸造家が一杯いてほしい。そうなるために國津果實酒醸造所の施設をぜひ利用してほしい」とワイン造りと地域に根ざしたワイナリーのあり方を熱心に話してくれました。ワイナリーを利用した街おこしは、ワイン用のブドウ作りから始まるのだと思いました。
仲間が集う賑やかなワインの仕込み
國津果實酒醸造所は750mml瓶で7,000から9,000本のワインを中子さんと松森さんの二人で生産しています。仕込みや出荷時は大忙しですが、中子さんのワイン造りの考え方に共感したワイン愛好家が助っ人に駆けつけてくれます。今年最初の仕込みには、滋賀県、奈良県、愛知県から5人が朝早くから来所して、ブドウの搬入、ブドウジュース作り、ワインボトルのラベル貼りやコルク栓の封印など、ワイナリーならではの仕事を楽しまれたようです。
(株)國津果實酒醸造所
https://www.kunitsu-wine.com/
三重県名張市神屋
(参考)会議所ニュース平成30年8月5日
https://www.nabari.or.jp/kaigisyo_news/doc/611.pdf
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